世にも不思議な実話物語・後編

こんにちは、辻耀子です。

今日は、『世にも不思議な物語』風の物語・後編です。

(10年前に書いたメルマガの内容です。よければ読んでくださいマセ。)

【前編・あらすじ】

つい先日他界した父との、不思議なやりとり。

『透明人間』になり、お通夜の席でも私の横に居た父。

その透明ボディに感じた、“痛み”のひびき。

私の驚きとナゾは深まるばかり…!

父への遠隔レイキは執着と期待から湧き上がったもの

さて。
ひとまず話は父の生前に戻ります。

私は父が危篤になるたび、遠隔レイキを送らずに居られませんでした。

けれども前回お伝えした通り、正直な…正直な本音を告白すると、決してそれは、純粋な愛情からなんかじゃなかったんです。

『少しでも長く、父に生きていて欲しい…!』

そんな気持ちは沸き起こってくれず、
「21年も続くこの闘病介護は、いつ終わるんだろう…」という事しか考えられなかったのです。

なので毎回、『遠隔レイキをせずに居られない自分』に首をひねっていた私が居ました。

こうして16回目の危篤と、死のふちからの、奇跡の回復。

父の生還にまたもガックリと落胆する一方で、私は自分の心の奥底に、こんな気持ちが潜んでいる事に気づきました。

“父は、本当はこんなひどい人じゃないんだ。本当はきっと私を愛してくれていて、だけど不器用にしか振舞えない人なんだ、本当は違うんだ、違うんだ。

いつかきっと父は私に謝罪してくれる、そして優しい言葉を掛けてくれるはず…!”

私はずっとずっと子供の頃から長い間、こう思い続けていたのです。

いくら頭では冷静な自分が「そんなはずないよ、父親はどうしようもない人なんだ。あれが本当の父親なんだ。」と言い聞かせても、深い深い心の奥底では、全然 諦めきれていないのです。

父親の愛情をこの目で見ることを、強く切望しているもう一人の自分がいたのです。

だからこそ、私は父が危篤に陥るたびに、遠隔レイキを送らずには居られなかったのです。

それは決して父への愛情ではなく、『自分はまだ気が済んでいない!本当の父を見ていない!』という執着と『いつかきっと!』という期待から湧き上がる行為でした。

父が遺言代わりに残してくれたもの

さて、その後、私にとっては本当にビックリするような出来事が起こります。

(前編はここまででした。)

ある日、私はいつものように病室へ向かう電車の中にいました。

危篤から持ち直した直後でした。

その日はなぜか、病院へ向かう途中の駅で、ふと思いついて、父に向けて遠隔レイキを行いました。

ところで、ご存知の通りレイキ・ヒーリングのコツは『我や執着心、こうなって欲しいという想いを横へ置いて、無心になること。』

けれども、頭では分かっていても、いつも危篤状態の父への遠隔レイキの際には複雑な想いがよぎってしまい、なかなか他のかたに向けて行なうのと同様に、淡々とは行なえないものでした。

ところがこの日はいつも以上に、非常に心が穏やかで静かになれた自分が居たのです。

そのおかげか、いつもなら足取り重く病室に入る私なのですが、この日は不思議と、非常に平静な『無』の境地で入り口に立てました。

(そんな自分の感覚に、内心驚いていました。)

ベッドの上の父は、いつもと全然違った雰囲気でした。

今までに見たことのない父でした。

同一人物とは思えないほど、やはり平和で落ち着いているのです。

(そんな父を、私は初めて見ました。瞳がものすごく透明に澄んでいて、身体が内側から抜けるように輝いていて、まるで別人のようでした…!)

まるで私自身の体内に満ちたレイキエネルギーと、父親とが共鳴共振し、まさに ひびきあったような…不思議なほどピッタリとした同調。

父は、起き上がれない身体を必死で起こそうとし、(結局起き上がれませんでしたが、)弱々しくこう告げました。

「正直、もうそう長くはないと思う。でも、わしには財産も全然ないし、残せるものが何もない。

だからせめて遺言代わりに、みんなへ伝えておきたい言葉を言うから、わしが死んだ後、お前が一人ひとりに伝えて欲しい。」

最初は、私へ宛てた言葉でした。

私は耳を疑いました。

それは、謝罪の言葉だったのです。

私は ほんの幼い頃から、心の中でこう思い続けてきました。

「せめて父から1回だけでも謝罪の言葉をもらえたなら、それだけでいい。もう後は、人生で何も要らない。」

けれども同時に、そんな事は「ありえるはずがない」とも知っていました。

ですので、とっくの昔に諦めていた事です。

けれども現実、今、父が目の前で謝罪の言葉を告げているのです。

ろくに声を発する事も難しい状況の中、咳き込みながら。

さらに父親は、起き上がれもしないのに、私に土下座をしようとしました。

その父を見下ろしながら私は胸が詰まり、呼吸も忘れました。

父はベッドの上で、一人ひとりへの最後の言葉を何とか言い終えました。

その伝言の全てが、自分のしてきた事への後悔と、いたらなさへの謝罪の言葉でした。

「もう、お前以外の他の者は、わしと口を利かないだろうし、他の家族とはきちんとした話も出来ないまま終わるだろう。

お前以外、誰もここに来てもくれないだろう。

だからこの言葉を、わしが死んだ後、わしの代わりにお前が伝えて欲しい。…頼む」

最後にもう一度、父から弱々しく小さな声で頼まれました。

私が、一生一度、「もしもこれだけが叶うなら、死んでもいい」と思い続けてきたもの。

父からの謝罪。

それが、あっけなく叶った瞬間でした。

私が知りたかった父が、ようやくハッキリと把握できた瞬間

父の死後に話を戻します。

『透明人間の父』とテレパシー交信(?)ができる事に気付いて、初めて私はハッキリと父の本質(魂?)を感じました。

皮肉な話に聞こえるかも知れませんが、私はこの『透明人間の父』と、言葉を介さずに『響きあう』というような方法で交信出来たおかげで、ありのままの父を、ようやく知る事ができたのです。

(知るというよりも、感じ取るという表現のほうがピッタリきました。)

ずっとずっと、父親の事が知りたかった。

なぜ、不必要に人を傷つけるのか。

なぜ、残虐な行為をして平気なのか。

一体何がつらいのか、苦しいのか、むしゃくしゃするのか。

なぜ、まったく感謝をもてないのか。

なぜ、愛情ある言葉をまったく、ただの一度も言えないのか。

なぜ、人を踏みにじって平気なのか。

(だから心理学を学んだのです。)

透明人間の父は、(父の魂は)、
どうしようもないぐらい…、笑えてしまうぐらい、
自分の事しか考えていない人でした(笑)。

私は、感覚的に(ヒビキを通じて)父を理解できました。

父(の本質)は、もともとそんなに愛情深い人ではなかったのです。

私の事を嫌っていたのでもなく、周囲の人間を嫌っていたのでもなく、ただ父は単純に 非常に未熟で幼い魂だったのです。

父は常に3歳児のごとく、不平不満と欲求に溢れていただけなのです。

「あれが欲しい、これが欲しい」「働きたくない」「怠けていたい」

「世の中が自分中心に回っていたならいいのに」

「みんなが自分の事だけ見てくれていたらいいのに」

「なぜそうじゃないんだ?!」

こんな風に、世の中に対して怒りながら訴えていただけだったのです。
3歳児なので感謝を知らないままだったのです。

3歳児が平気で虫や小動物を虐待するように、ただ単に気分のおもむくまま、無邪気な残酷さで周囲の者に対し、暴力で接していただけなのです。

(だからと言ってその残虐行為が許されるとか、しょうがないんだという事を私は言いたいのではありません。

ポイントはそこではなく、私にとって、この不思議体験は、私が知りたかった父が、ようやくハッキリと把握できた瞬間だったのです。

正しいとか間違っているとか、そうであって欲しくないというフィルターなく。)

本来の父を何も見ず、理想の父親像を貼り付けていた

“ああ、私は本来の父を何も見ていなかった。

ただ、自分が「こうであって欲しい」と思う理想の父親像を父に貼り付けて、

「いつか、いつか…父に優しい言葉をもらえるはず」

「いつか、父に謝罪してもらえるはず」

と執着していただけだったんだ。

もともと父親には愛情はなかった。

もちろん愛情はゼロではない。

けれども、限りなく少ない(笑)。ゼロに近い。

でもそのゼロに近い範囲内で、父は精一杯試行錯誤してきたのかもしれない。

いつも思い通りに行かなくて、なぜそうなのか訳が分からず、父もまたジレンマを感じながら、周囲の反応に気持ちを荒立てていたのかも知れない。

そして、父は実際、あれ以上の事は出来なかったのかもしれない。”

この事を、心底実感した瞬間だったのでした。

もちろん、大人になり、心理分析のプロとなった私は、以前から頭では、父のようなタイプの人の事を分析は出来ていた訳です。

そう、頭では。

父の行動や心理は、心理学に当てはめれば、理解可能な話なのです。

だからこそ、心理分析を学んだ28歳の時に、私は父の理想像などとっくに手放したつもりでいました。

けれども、99%は手放しながらも、ほんのわずか1%ほど、本当の父を見たくない私が残っていたのです。

認めたくなかった。

本当の父の本当のありようを、どこかでうすうす感じていながら、私の傷ついた心はどうしても、真実を受け入れがたかったのです。

「ああ、これが本当のリアルな父親なんだな」

…そう100%受け入れた途端、気抜けしました。

そして、本当に肩の力が抜けました。

ヘンかも知れませんが、ホッと楽になれたのです。

本当の父を、批判も評価もなく、ただ目の当たりにした事によって。

遠隔レイキを行なった事がもたらしてくれた奇跡だったのかもしれない

ともあれ私はお通夜の後、母を始め、その場に居たほんのわずかな身内に向けて、父からの生前の言葉を順に伝えていきました。

全て伝え終わると、私の隣で『透明人間の父』が納得した様子が分かりました。

その瞬間、また父のひびきが薄らぎました。

透明なボディの痛みは、どんどん消えていきます。

あっという間に、ものの15分ほどで、痛みがほぼゼロになりました。

その後、『透明人間の父』は、“実家に戻って、2、3日ゆっくり過ごしてから逝く。”と言いました。

そして実際、私の横からスッと居なくなりました。

(けれども相変わらず、父の気配がこの地上にある事だけはリアルに感じました。交信も可能でした。)

お葬式の終わった後、身内だけで実家へ戻りました。

みんなが、『闘い済んで、日が暮れて…』というような、ある意味、のどかで心地いい気だるさの中に居ました。

全員が、穏やかで晴れ晴れとした、いい笑顔でした。

身内のメンバー数名が顔を揃えて、こんなにも穏やかな空気が家の中に満ちたのは、この日が初めてでした。

(そしてその部屋の中には、まだ『透明人間の父』も居ました(^_^;)。)

私は、心の中で色々な事を考えていました。

“もしも生まれ変わりがあるのなら。もしも出会いに意味があるのなら。

今回の人生で、父と出会うにも、それぞれの家族にやはり課題があったのかもしれない。”

さきほど、私が父の生前、本人から謝罪の言葉(遺言)を聞いた話をお伝えしましたよね。

あの時は本当に、心臓が止まるかと思ったんです。
まさか、まさかの言葉だったんです。

とっくの昔に諦めたつもりになっていた、けれども最も切望していた謝罪の言葉だったんです。

その一言さえあれば今までの事が全部水に流せてしまえるほどの、大きな大きな一言だったんです。

今もふと、
「あの日の出来事は何だったんだろう?」
「自分の願望が強すぎて、白昼夢を見たんだろうか?」
などと考えてしまう事もありますが、

あの日、遠隔レイキを行なった事がもたらしてくれた奇跡だったのかもしれません。

あるいは、精霊?のような目に見えない存在が居て、粋なはからいをしてくれたのかもしれません。

(『おかげさま』のお陰ですね…。)

ともかく、私は父の死後、『ああ、父ってこういう人だったんだ…』と、ありのままの本質、本性をハッキリと実感したのです。

(これは、言葉を介したコミュニケーションをしている限り、たどり着けない境地だったと思います。)

父親にとって今生で最も大切な勝負だった「生きる」という道

もう一つ、付け足しです。

父がなぜ、あんなにも長く苦しい闘病生活の中、何度も「生きる」という道を迷いなく選択し続けたのか。その理由も分かりました。

透明人間になった父の魂(?)との交信により、情報が流れてきました。

父がまだ若い頃、父は誰かと約束をしていました。

その人の分まで生きる、という、固い固い、自分自身への約束でした。

(その人は、私が知らない相手でした。ということは、おそらく私は一度も会ったことのない人です。)

だからこそ父は何度も苦しみながら、もう息絶えたほうが楽な状況の中、身体不自由でベッドに寝たままの生活の中、「生き抜く」事を迷わず選び続けたのです。

「生き抜く」という約束を貫くこと。

つまりそれが、父親にとって今生で最も大切な勝負だったのです。(使命、ミッションだったと言えると思います。)

父はどうしようもない人でしたが、それでも彼の身体・思考・精神(魂?)の全てが「生きる!」を選択したとき、体の全細胞はレイキ・エネルギーを取り込んで、それを「生きるための起爆剤」として活用しました。

その結果、信じられないようなミラクルを何度も生み出したのです。

(そう、16回の危篤からの生還です…!)

ズバリ、父には『生き抜く』という使命、それしか見えていなかったと言ってもいいかも知れません(笑)。

周囲の者が自分によってどんなつらい想いをしているかなど、全く意識が向いていませんでした。

(もともと、そういう性分の人だったのです。)

(そんな事も、父の魂(?)と響きあったおかげでハッキリ分かりました。)

何だか、その事が分かった途端、ますます あっけらかんとした開放感が私のハートを撫でていきました。

変な話ですが、心がものすごく軽くなったのです。

笑えてしまうほど。

私は心の中で、父に交信しました。

『お父さんは今までろくに私たちへの迷惑を顧みなかったけど、最後にプライドを捨ててベッドの上で謝罪してくれたよね。

実は私も長い間、お父さんに対して同じ事をしてきたという事に、やっとこの前 気付いたよ。』

『私は今まで、お父さんの顔の前に鏡を立てて、その鏡に“自分の願う、理想の父親像”という妄想を貼り付け、それに向かって やっきになりながら世話してきた。

鏡の中の空想の父親に向かって必死で訴え、優しさを期待し続けてきた。』

『その間ずっと、本当のお父さんを観ず、無視しつづけてきた。ごめんね。』

そして、こんな風にも思えました。

もしも父と私の間に『今回の人生で出会う課題(テーマ)』があったとするなら、私もまた、それをクリアしたかも知れない。

この時、父の透明な身体は、完全に軽やかになっていました。

“わし、もう納得した。逝くわ。”

次の瞬間、父は霧散し、どこかへ消えました。

慌ててその場でこっそり遠隔レイキをしてみると、父の魂からはもう、まったく『身体の痛み』のひびきが消えていました。

そして…今まで何人かの人を見送りながら遠隔レイキを行なった際の、あの“深い深い、うっとりするような静けさ”の中へ溶け込み、父の存在が大きく軽やかに宇宙へ と広がっていくような感覚を受けました。

それ以後、もう父とリアルな交信は出来なくなりました。

『透明な身体』もなくなり、その気配ごと全く消えました。

レイキが随分と私の気付きを助けてくれたと思いました

改めて今、私は思うのです。

“もしも私がレイキを知らないまま生きていたなら、父との別れを、このような気付きの体験で終わらせることは出来なかっただろう。

そして父が成仏したかどうかも確認できないまま、生前 心の中でさんざん父を恨んだ自分を、今ごろ責めまくって 落ち込んでいたかもしれない”と。

レイキが随分と私の気付きを助けてくれたのです。

今回はしみじみ、そう思いました。

レイキに出会っていてよかった…、心が救われた、と。

(ちなみに日本伝統式レイキの上級講習では、

『自己認識』→『自己受容』→『自己変革』→『自己実現』

という精神向上・悟りへ近づくメソッド(技法)が出てくるのですが、私はまさしく この道をたどって心が楽になれました。)

『レイキによってミラクルが生まれるメカニズム』のカギは…?

それにしても、あの時、『透明なボディ』に感じた“痛み”は何だったのでしょうか。

確かに普段、生きてる人をレイキ・ヒーリングさせて頂いている時にも、「あれ?この人の身体…どこも悪くないのにな、なぜこんなにひびくんだろう」と思う時があるのですよ。

どこの病院へ行っても、「どこも悪くない」という診断結果だと言う。

けれども本人は間違いなく痛みを訴えているし、見ていて非常につらそう。

それが嘘じゃないのも分かるのです。

そんな時、いつも私は、疑問に思ってきました。

「ん?痛いのが肉体じゃないとしたら 一体どこが痛むのだろう?」

確かに心理学にもあるのです。「トラウマは身体に痛みとして残る」と。記憶は肉体に刻まれる、と。

(事故で脚を失った人が、『なくなったはずの脚が痛む』と訴える話を聞いた事はありませんか?)

精神世界系の本にも、書いてあったりします。

『我々の身体は肉体以外にもあり、それは7層ほどに重なり合った同サイズのボディからなっている。そしてそれらは、(違う次元に)同時に存在する』というような事。

…せっかくならば私は、一体何がどうなっているのかを、身をもって体験したい!そう強く思います。

(私って、「どこかの本にこう書いてあったから」とか「有名な先生がこういう風に言っていた」という説を、そのまま素直に信じるという事をしたくない性分なのです(^_^;)。

必ず自分で体験して確かめて、「ああ〜、こういう事かも知れないな」と解明・納得したい派なのですよ。)
 

私は、レイキ・ヒーリングによって、確かに『原因不明、病院では原因が分からない』という症状までもが、改善に向かっていくのを何度も何度も見てきました。

人の身体って本当に不思議。

今、まだ私は、『レイキによってミラクルが生まれるメカニズム』の全てを解明できていませんが、少しずつ少しずつ、色んなかたがたの状態を拝見しながら、頭の中で仮説を組みあげつつあります。

カギは『身体・思考・精神(魂?)の一貫性』…つまり、精神統一と、コミットメントにありそうです。

(※尚、こんなしくみを知らなくても、どなたでもレイキは使えます!

それは、例えば私がケータイ電話のしくみをしらなくても、ケータイで話したりメールするのに困らないのと同じ事です。)

レイキはいいです。

たとえ言葉が通じなくても、手のぬくもりや、エネルギーの波動を通じてやさしさを伝えることが出来ますから♪

…というわけで。

ふと思いついた時には、亡くなった人にもぜひ遠隔レイキ・ヒーリングを行なってみてください。

(あなたが大好きだった、芸能人や有名人のかた、ペットにも。)

未練を持って行なった場合には、執着心が邪魔をして、なかなか無我の境地で行なえませんから、レイキの流れが滞り、心地いいひびきあいが起こってくれないかも知れません。

(その場合、『未練』や『期待』『願望』を一旦横へおき、何も考えずに淡々と行なってみてください♪

大丈夫、きっとうまく出来ますよ!)

そして、何とも言えない、うっとりとやわらかな楽園のようなエネルギーとのひびきあいの世界で、笑顔のそのかたとの再会を心地よく楽しんでください。

(本当に長くなりました!)

(私のプライベートなお話に最後までお付き合い下さり、有難うございました!感謝しかありません!)

それから、前編に対して、メール下さった多数のかたがたへ。

あなたの応援、心より感謝致します♪ 大好きです!

(ではまた次回…♪ 辻耀子より)

 

今日のまとめ

 「レイキ・ヒーリングは行なう側・送られた側の両方に恩恵が。
    我々に必要な気付きとミラクルがもたらされます。」
──────────────────────────────
      by; 辻 耀子 (NPO日本レイキ協会)


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