こんにちは、理事長の辻耀子(つじようこ)です。
いかがお過ごしですか?
悟っている人の特徴
先日は、レイキと覚醒(悟り)について書きました。
そう、実は私は『悟りオタク』なんです。(////)←赤面中っ
時々、「辻さん、悟ってる人って、ホントにいるんですか?」と訊かれる事があります。
もちろんいます、います!
あなたの近くにもきっといますよ~。
それから、「辻さん、悟っている人って、どんな人ですか?」と尋ねられる事もけっこうあります。
長年『悟りオタク』をやっていると、「悟っている人」と「そうじゃない人」との見分けポイントが分かってきました(笑)。
今回はまず、それからお伝えしてみます。
(※これはあくまでも、辻耀子の主観的な意見ですっ。あなたの考えと違う点があるかも知れませんが、正解はもちろんひとつじゃなく、多数あると考えます。)
・悟っている人は、「私は悟っている」とは言わない。
(そんな事をアピールする必要もないし、アピールする気持ちも沸かないためです。)
・悟っている人は、意外とフツーっぽい。(カリスマティックじゃない。)
(オーラがとてつもなくデカすぎるので、逆に空気のように透明です。)
・悟っている人は、「私は特別な能力を持っている」とは言わない。
(そんな事にこだわってアピールするあたり、自ら「執着心バリバリあります~」「もっと褒めて!尊敬して欲しいよ~!」と自己申告しまくっている訳なので、周囲の目や社会の評価を気にしすぎ!(笑)。他人に認めてもらわなければ自分を保てない人は、到底『安心立命』の境地で過ごしてはいないですよネ。)
・悟っている人は、「悟りは誰にでも到達できる」と言う。
(悟ったから、結果的に人格者と見られるのであって、人格者だから悟れるのではないですもんネ。人格がどう、霊格がどう、などどうでもいい。心が自由であるほど、固定観念や価値観、「~であるべき」に捉われないものですよネ。)
・悟っている人は、眉間に皺が寄っていない。
(軽やかで自由を感じさせる空気を纏っています。不平不満や我慢、忍耐、自己犠牲の感覚がないからです。)
・悟っている人には、大富豪もいれば清貧の人もいる。
自分にとって心地よく自然体でいられるライフスタイルで生活をしている。
(他人と自分を比べる必要がなく、気にしていない。…まれに、「悟っている人は物欲がないので貧しいはずだ」という主張を持つ人が居ますが、私はそのようには感じていないです。なぜなら、お金もエネルギーと考えるならば、大きなエネルギーを循環させる人は、「要らない」と言っていても豊かさがやってきてしまいます…。やはり、「悟ったからお金持ちになってしまった」という感じの人が多いです。)
・悟っている人は、「~べき」がすごく少ない。
(ベジタリアンでなければ悟れない、という事はない。正しさに対する固執も執着心ですが、人に正しさを強要しない。それらに対してもニュートラルな姿勢。自分の中のルールを持っていても、違いも受け入れ、尊重できる。)
・悟っていても、怒ったり泣いたり、悩んだりする。
…まだまだありますが(笑)。
ただ、悟っている人は非常にナチュラルで、実にその人らしい生き方をしています。
主婦が心地いい人は、「主婦らしく、すがすがしく」。
仕事しているのが心地いい人は、「仕事人として、すがすがしく」。
自由人として生きる人は、「のびのびと自由に、すがすがしく」。
だから見ていて心地いいし、「ああ、自分もあんな風に生きられたらいいな~♪」と、周囲の人間が思うのでしょうネ。
悟っている人でも怒りや悩みはあるのか?
ではさらに、よく訊かれる質問・Q&A。
Q:「悟っても、怒りを感じる事があるんでしょうか?」
辻:「怒りを感じる事はあると思います。なくならないでしょう。なぜなら、感情は肉体に付随しているからです。生きている限り感情は消えてなくならないんですよネ。」
Q:「でも、悟っている人は怒ったりしない、というイメージがあります」
辻:「確かに、確かに。おそらく『安心立命』の境地で生きている人の場合、怒りを感じたとしても、感情に浸る時間は驚くほど短いと思いますヨ。
あっという間に感情を切り替える事が出来るのであれば、怒りを誰かにぶつけたり、周囲に八つ当たりする必要もないですもんネ。
だから、『怒らない』というイメージになるのは当然だと思うのです。
つまり、感情に振り回されるのではなく、「怒ろう」と思って怒り、「泣きたい」と思って泣く…、という感じでしょうか。かなり自在な感覚ですよネ。」
Q:「悟ってしまうと、無感動になるのでは?」
辻:「いいえ、私の知っている限り、悟っている人で無表情や固い顔の人はいないです。
むしろ無邪気で感情豊かです。
ただ、感情に振り回されない分、静かなイメージに取られる人も多いかも知れませんネ。
だけど、やっぱりそこは人それぞれです。」
Q:「悟ってる人も、悩むのですか?」
辻:「はい、人間である限り、悩みを持つ事はあると思います。なぜなら悩みというのは、『今以上さらに良くなりたい』(今以上に状況がよくなって欲しいと思う事柄がある)、『事を成し遂げたい』(社会貢献も含め)と思えば必ず発生するものだからです。
また、自然災害や大切な人の病気や死も含め、自分以外の人の心や行動までは、誰にもコントロール出来ませんから、たとえ悟っている人でも万能の超人になるわけではないのです…、思い通りに行かず、頭を抱えることもあるでしょう。
ただし、悩みに浸って捉われ続ける、(=感情のコントロールが聞かず、悩みに振り回される)という事はなく、仮にたとえ問題解決していなくとも、短時間で悩みの沼から自在に心を解放出来る、という事は可能かと思うのですヨ。
もしもそうなれたら素晴らしいと思いませんか♪私はそう思います(笑)。」
Q:「悟ってしまうと、人生がむなしくなりませんか?」
辻:「もしも『悟ったせいで、全てがむなしいわ…』とつぶやく人がいたら、『ああ、この人は悟っていないんだな』と判断してよさそうですヨ(笑)。」
Q:「悟ると人格者になり、みんなから好かれるというイメージがあります」
辻:「悟ったから全ての人から好かれるか?というと、そんな事はないと思います。
なぜなら、人には個性があるからです。
個性がある限り、そこには必ず相性も発生しますもんね。
けれども、いつも心が安定していて、それが表情や雰囲気に出ている人は、いつもイライラ、クヨクヨしている人に比べ、周囲の人たちに快適さを感じてもらいやすいですから、結果的に好かれるでしょうネ。(でも、ねたまれる事もあるかも?)」
安心立命の境地に入っている時は、どんな感覚?
…というわけで…。
おそらく私も、あなたの周囲の人も含め、きっとどんな人も何かの瞬間、『悟った状態』に入っている事はあると思うのですっ。
(ただ、それがわずかな時間であったり、自分自身で自分の心をコントロールして、いつでも自在に『安心立命』に持っていく術を知らなかったりする人がいるだけで。)
…で。
最近流行の脳科学や、心理分析を知っていると、この『偶発的な、悟りの境地』を無自覚のまま放置するのは非常にもったいない事に思えるのです。
(なぜなら、無自覚でいる限り、ずっと『偶発的なチャンス』にしか、それを味わえないからです。)
逆に、
「あれっ、今の、もしかして…!」
この『自覚』さえ起こせれば、私達の脳や細胞は、再びその状態を再現しようと、知恵を総動員します。
すると、やがて『偶発的な悟り』の回数が増えてきて、そのうち、「ん?今自分で自分をコントロールできたんじゃ?」「今、うまいこと自分を『安心立命』の境地へ持っていけたかも?」「ああ~、何か、うまく行くときのコツが分かってきた…」という体験が増えてくるんですね。
ですので、『悟りの境地へ近づく事を、加速させたい!』という人のために、
「あれっ?今、何か悟りの境地かも…、と感じる瞬間とは、どんな感覚か?」
という事も、併せて書いておきますよっ。
(※これも、あくまでも辻耀子主観ですヨ~。参考にして下さればっ。)
【安心立命の境地に入っている時は、どんな感覚?】
・安心感に満ち、敵の存在や恐れを全く感じない
(無敵の状態。「自分は強い」という自信に満ちた勝者の心境の事ではなく、自分の敵(=邪魔者、邪魔しようとする者、行く手を阻む者)がどこにも居ないという、確信的な心境です。)
・時間、空間を感じない
(自分の肉体の壁が薄らぎ、拡散して空間と同化する感覚)
(時間の感覚は、一秒ごとに過ぎていく感覚ではなく、むしろ未来から『今』の地点へと流れてやってくるような感覚。うまく表現出来ませんが…。)
・全てを知っているような、不思議な安堵感がある
(外界が、まるで自分の内臓のような…。人によっては、これもワンネス的な感覚のひとつなのかも。
私の場合、この感覚がやってきた時に、自分じゃ思いつかないような知恵やビジネスアイディア、予感、インスピレーションが降ってくる事が…。)
・他者の影響下に居ない、絶対的な自由の感覚
(まさに言葉にすれば『自在』。『自分』が『在る』という感覚です。)
・よろこび、深い親密感、一体感、慈愛、慈悲の感覚が胸に広がっている
(喜怒哀楽の『感情』とは全く別の、『感覚』に満たされている状態)
どうですか?
きっとあなたも、「ああ!それ、言われてみれば、あるある!」という感じかと思うんです。
(たとえ「ええ?そんなの一度もないなぁ」という人でも、心配ご無用ですっ。
たった今、頭の隅に知識として上記の内容がインプットされましたから。
インプットされるだけで、今後、上記の体験が起こる可能性がグンと増すんです。
これは脳のミラーニューロンのはたらきによりますっ。
本当に、私達の脳って実に賢くできているんですね~。)
ちなみに私は、手当て練習会などで、長い時間誰かに手を当てていたりすると、上記のうちのどれかの感覚に包まれる事が多いです。
他にも、
・「浄心呼吸法」を行なっている時(※呼吸法は初級・中級のアチューンメント講座で学びます)
・ただボンヤリと電車に座って揺られている時
・仕事帰りにふと空を見上げて「きれいだな~」と眺めている時
・寝起き直後
・誰かに遠隔レイキを送っている時
など。気が付けば上記のような感覚になっている事が…。
ただ、私達の心や感覚は、常に陰と陽の間をいったりきたりし、バイオリズムがありますので、「常に安心立命の心をキープする!」というのは至難の業のようです。
だけど私は、上記のような時間が少しずつ増えていく人生って、素晴らしいと思っています♪
(昔は同じ24時間中、嫌な気分で何かを我慢している時間のほうが、圧倒的に長かったですもん(苦笑)。あの時と今を比べると、本当に今は毎日がラクで楽しいですよ…。)
こうして『悟りオタク』だった私は、日本伝統式レイキとの出会いをきっかけに、少しずつ『安心立命の境地』を垣間見る事が増え、至福の時間が長くなっていったのでした。
(その先に、今の人生があります。年々ワクワクが増え、面白くなっています。)
というわけで…。
ああ、また長くなってしまいました(汗)。
今回は他にも、
◆「魂」を感じる時とは?
◆感情のコントロールをしたくて、むしろうまくいかない努力をしている人の例と、うまくいくコツ
も書く予定だったのにっ。
すみません、次回に必ず書きますっ。
最後まで読んで下さり、本当にありがとうございました♪
次回も読んでもらえると、嬉しいですよ~~vv
では今日も、あなたやあなたの大切な人にとって、いい日でありますように…。
★安心立命(=悟り)や、そこに至る考え方・技法については、日本伝統式のアチューンメント講座(上級)にて詳しく伝えています!
今日のまとめ
「あなたの日常の中にある、悟りの瞬間。みつけてみて下さい♪」
by; 辻 耀子