こんにちは!NPO法人 日本レイキ協会・理事長の辻耀子です。(^o^)
いかがお過ごしですか?
さて。衝撃的なインドへの旅・第3話。
今回も、ある意味イメージを大きく裏切られた国・インドでの、感涙のレイキうるるん体験をレポートします!
それは、インドで出会った、読み書きが出来ない レイキ師範の青年のお話です。
(「なんと!彼は家の中で、座ってはいけない…?!」衝撃の体験エピソードです。)
インドと日本とでは、レイキの捉え方が全然違う!
さて、私達・NPO法人日本レイキ協会が、設立当初に打ち立てていた夢。
それは、世界の、今だ医療が届かない地域や人々にレイキを知ってもらいに行き、学んでもらい、使えるようになってもらいたい。
そんな夢でした。
2010年11月、初のインドへの『レイキ団』の旅。私と副理事長との、下見を兼ねた旅。
レイキ団は、『ただの人のままマザーテレサ級に偉大な事しよう!』というスローガンですが…果たしてそれは可能なのか?!
ホントにやれるのか?!
うまくいくのか?!
…冒険に近いノリで、ハラハラドキドキしながら関西空港を後にした私達。
今回は、現地で出会った『読み書きの出来ないレイキ師範』のお話です。
なぜ、奇跡的?!
その説明をするには、インドの事情から説明しなければなりません。
まず、インド国内におけるレイキ療法の地位やイメージについてです。日本とは全っっっ然、天と地ほども事情が違うのですよ。
インドは、(英国や米国、オーストラリアなどと並び、)レイキが非常にさかんな国です。
日本のような位置づけではなく、『本格的な医療』と捉えられています。
(西洋医学と同じような位置づけです。)
(つまりレイキマスター、レイキ師範は『医師』というイメージです。)
インドは、日本のように西洋医学の地位がグンと高い国ではなく、西洋医学と東洋医学の地位がほぼ同列にあります。
またインド人の西洋医学の医師のうち、10人に1人はレイキ師範だそうです。
(また、インドではレイキ師範は国家資格になっています。ビックリでしょう!)
「家族の誰かがガンになったら、手術で治す?レイキ療法で治す?という家族会議が開かれるのよ」
という話を聞いた時には、心底ぶったまげました。
そんなインド国内で、レイキ療法は、ズバリ『病気治療』に活用されています。
つまり『精神向上と自己実現を目指す日本伝統式レイキ法』ではなく、『他者を癒すための治療法として特化している 西洋式レイキ療法』です。
という事は…。
『レイキ師範』になる事は、先ほどもお伝えした通り、『医師になる』という意味合いと同じなのですね。
ちなみに日本国内では、1~2日でレイキマスターになれる講座を開催している団体が少なからず存在しますが、インドでは『医師になる勢い』でみなさんレイキを活用し、練習に積んでいます。
レイキ師範になるには、少なくとも数年間、実践練習を積みます。
また、誰もがレイキ師範になれません。能力が伴わなければ、なれません。
そして、能力とはズバリ、『病気を治す』という技能です。
そんな、日本とは全然違う状況の国があるなんて、日本に居るとなかなか信じられないですよね…!
(※余談ですが、最近では、インドでも「一日でレイキマスターにする講座」が始まり、ペーパードライバー的マスターを養成するスクールもかなり出てきているようです。
そちらのスクールへは、主に欧米からの旅行者が学びに訪れるようです。こちらはもちろん国家資格ではなく、スクールが発行する民間の修了証のみが得られます。)
根強く残り続けるカースト制度
話を戻します。
さて、そんなインドの医療事情の中、貧しい身の上のサンジェがレイキ師範になった事は、なぜそんなにも奇跡的な事なのか?!
そこには、もう一つのお国事情、『カースト制度』が関係しています。
あまり詳しく知らないかたのために簡単にご説明すると、カースト制度とは、日本の江戸時代の『士農工商』のような身分制度なんです。
バラモン教の流れを組む、ヒンズー教の制度です。
現在、インド人口の8割以上が、ヒンズー教徒。しかも熱心に宗教を信仰していますので、インド全体がカースト制度のもとに動いていると言ってもいいでしょう。
では、カースト制度は、どのように残っているのでしょうか?
身分は、あからさまに分かるものなのでしょうか?
訊けば、ハッキリと分かるわけではないようです。
「名前や出身地、職業(職業を持っているか、いないか)などで、何となく分かる(バレる)んだ」という事です。
現在、インド政府はカースト制度そのものを禁じています。
なのに、まだカースト制度(身分差別)が根強く残っているのには、実は理由がありました。
ヒンズーの教えには、輪廻転生(生まれ変わり)の考え方があります。
『例えば奴隷身分に生まれた人が、今回の人生でラクをしたり幸運な目に遭ったりすると、来世でさらにひどい人生を送る事になる。』
…この教えを、多くの人が信じているのです。
「だから今世では苦しみや不運を受け入れ、耐えて過ごすべき。幸運を受け取ると、次の人生が恐ろしい事になるから。」
いくら政府がカースト制度を禁じても、人々の心の中には根強い信仰心があり、その信仰心から来る『恐怖心』のために 彼らは『今回の境遇を逃げずに受け入れ、耐える』という事をするのです。
…だから延々と残り続けているのですよ、カースト制度が。
それからもう一つ。
職業を持たない身分の者の子孫に生まれると、職業を持てない、という考えがあります。
(日本とはあまりにも国の事情が違うので、理解しづらいのですが、インドでは「やる気があればお金が得られる」「やる気があれば教育を受けられる」「やる気があれば仕事を得られる」という、日本のような自由や平等は、今のところまだ ありません。恋愛結婚もほぼありません。)
また、2010年当時は、インドの人口のうちの50%以上が まだ教育を受けておらず、読み書きも習えていませんでした。
けれども、例外もありました。
「職業を持たない者の子孫も、今までに世の中になかった、新しい職業になら就ける」というルールです。
…そこで、例えば低い身分に生まれた人の中にも、「映画俳優やIT関連など、新しい職業には就けるぞ!」と考える人もいます。
(「来世でえらい目に遭おうとも、今世、もっとハッピーに生きる!」というハングリー精神の持ち主も、中にはいるわけです。)
また、カースト上位やお金持ちの人などの中には、「有能で不遇な者に教育の場を与えよう」(=学費を出してあげよう)、「仕事を与えよう」とする、足ながおじさん的な、ボランティア行為を行なう人も存在します。
…そんなわけで…。
サンジェは使用人…お手伝いさん。
働いても お手伝いさんは お金はもらえません。(寝る場所と食事は用意されます。)
つまり、彼はお金がないためにアチューンメント講座を受ける事が出来ない人でした。
そのため、彼はナーズさんのおうちで『労働する』(=お金の代わりに、自分の労働力と時間を差し出す)という条件で、数年前にナーズさんからアチューンメントを受ける許可を得ました。
(※少し話がそれますが、ここまで読んで「なぜナーズさんは女医でもあり、お金もあり、レイキ師範なのにそんなひどい制度を受け入れているの?ギモンに思わないの?」と考えたかたもいるかもしれません。
しかし、事情を聴いていくうちに 仕方がない事情があるのだな…と分かりました。
当時のインドではそれを受け入れざるを得ない状況だったんです。
例えばインドでは、カーストの身分が違う者同士が会話や手紙を渡してもダメ、身分違いの恋愛は死刑や極刑、という地方もあるほどなのです。
いくら心の中では違う状況を望んでも、違う価値観であっても、地域の文化風習に従わざるを得ません。
それはカーストの身分が高い人も同様であり、日本ほど自由が許される国ではないのだな…という印象を受けました。)
「インドのレイキ師範」誕生の瞬間
さて。サンジェに話を戻します。
彼は 初級受講後も、毎日毎日かかさず熱心にレイキを習得していきました。
そして、その数年後。とうとうレイキ師範になったのです!
(そうです、彼は、とうとう職業を得たのです…!)
サンジェはレイキの国家資格は取得していませんが、自分と同じ立場の、貧しいけれど治療が必要な人や、癒しに興味を持つ人たちに向けて、レイキを広めていく事を開始していました。
私達は今回、そんなサンジェと会えたのでした。
とても人徳のある青年で、心の純粋さや優しさが表面に滲み出ている人でした。
また責任感が強く、控えめで、非常に頭のいい人でもありました。
彼は料理がとっても上手でした。
私にとって、このサンジェの存在は、とんでもなくエキサイティングなものでした。
なぜなら…。
私達がNPO設立当時に思い描いた、レイキによるNPO活動の理想像。
それが、彼の姿だったからです。
「お金がなく、薬も手に入らず、医師もやってこない…そんな地域。けれども、もしもその地域の中に、たった一人でもいいからレイキ師範が生まれれば、そこは どうなるだろう?」
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「たった一人でもレイキ師範が居れば、地域にレイキ療法が広まる。そうすれば、
医師や医療の到着をじっと耐えながら待つ代わりに、現地に住むかたがた同士が、ある程度の治療をやりあいっこできる…。」
けれど…。
正直私は、この夢を語るたび、厳しい意見を頂いてきました。
例えば、貧困地域での生活体験やボランティア体験を持つ知人からは、このような事を言われました。
「ムリだよ、レイキ師範が暴利をむさぼって、自分だけ裕福になろうとする」
「貧困地域では盗み、暴力、奪い合いが当たり前の毎日で、善悪の境界なんて曖昧なのに、そんな夢みたいな事、現実には起こせない」
ほぼ全員から、「頑張って。でも…実際にはムリだよ、難しいよ」と言われたのです。
私はいつも、自宅でひとり レイキの自己鍛錬法を行なうたびに、ぼんやりと夢見ていました。
どこかの国で、レイキ師範を中心に、多くの人が輪になっているのです。
レイキ師範は、私の知らない国の言葉で、言うのです。
“手のひらさえあれば、お金がなくても治療が出来る…。レイキならば、それが可能。”
こんな想像を膨らませては、同時に諦めの気持ちも沸いていたものです。
「ムリかなぁ。夢かなぁ…。実際、ボランティアの旅の計画さえ、すぐに頓挫するもんなぁ…。何度トライしても難航してるしなぁ…。」
「口に出してみたものの、実現するんだろうか?」という、まさにフワフワとして現実感のない『夢物語』だった、『国境なきレイキ団』…。
夢にまで見た、『貧困層のレイキ師範』。
…夢を描いた日から5年後。
インド人のナーズさんが、突然 来日して会いに来てくれて。
インド支部が誕生し。
こうして とうとう、…とうとうです!レイキ師範・サンジェが誕生したのです…!!
だからこそ私は、誰よりもサンジェに会えるのを楽しみにしていたのですよ。
ショックを受けたインドの風習
…彼は、思っていた以上にステキな人でした。
優しさややわらかさが全身から溢れ出ていて、謙虚で、キッチリとした人でした。
夜明けから夜11時すぎまで、働いていました。
奥さんとは遠く離れて暮らしており、奥さんはご病気で、しかしなかなか会えないとの事でした。
こうして、ホームステイがスタートしました。
ナーズさんのおうちは、我々の生活空間とほぼ変わらない西洋スタイルでした。大きなお屋敷で、大きな液晶テレビ、大きな応接セット、ダイニング…。
しかし、初日。
日本人として、非常に、非常に…衝撃を受ける事がありました。
実は、サンジェのような立場の人は、お手伝いさんなので、イスに座る事をしないのです。
家の中でも、(起きている間は)一日中ずっと立ちっぱなしで過ごしているのです。
家の人たちは、もちろんソファーやイスに座ってくつろぎます。客人の私たちもです。
でも、お手伝いさんの彼らは、ずっと立っているのです。
(座る事が許されていないのです。)
…言われてみれば確かに、お手伝いさんって「壁際に立っている」というイメージがありませんか?
私が、「サンジェ、ちょっとレイキしてあげるよ。ここのソファに座って」と言っても、彼はなかなか座りません。
(座っちゃダメなんだ、という風習を知らなかった私達は、今思えば「早く座りなよ」と彼を促して、非常に困らせたのでした。)
(家主に当たるナーズさんや家族の人たちが「特別に座ってもいいよ」と許可しても、彼は身体にすごく力を入れたまま、縮こまるようにして浅く腰掛けていました。おそらく、『座る』という事は 彼の人生で「ありえない事」だったのです。)
あまりの風習の違いに、正直ショックを受けました…。
今回はここまでです!
次回はいよいよ、感涙のレイキボランティアです。
街の大きな講堂での、国際交流うるるん体験をレポートします!
今回も長いのに、最後まで読んで下さり嬉しかったです。
あなたの応援、心より感謝致します♪ 大好きですよ!
「国境なきレイキ団。諦めずにいてよかった!5年越しで、夢が叶いました。」
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by; 辻 耀子 (NPO日本レイキ協会)